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ニューいかー@政治・社会

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今日は日曜日ですが、昨日の出来事を…。
皆さんおはようございます。また書こうとしたら寝てしまった!

昨日は何とか一日天気が持ちました。もう夏休みもおわりに近づいているので、配達自体も何時もの状態に戻りつつ有ります。(場所によっては、もう2学期が始まった所もありますが…)

昨日の要配達量32000、書留が730程。流石に週末ともなりますと、やたらにクルマが出てくるのです。特に私の配達する地域に向かう道路は週末やたらに混在するはずだったのです。大型ショッピングセンターが最近出来たのでそこに向かう列が朝から続くのです。
そこを抜け出すのに週末になると時間がやたらにかかる為に、一苦労するばかり。

昨日はとりわけ目立つトラブルも無く、平穏無事な一日でした。


ちょっと小耳に挟んだ情報によれば、某A○Bの新作CDが発売されるのでそれの配達が来春早々にあるそうであります。また戦々恐々な一日になりそうですが。





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気になるコトバ | 06:40:35 | トラックバック(0) | コメント(0)
「てんでんこ」でいこう!

※この記事は「さかなくんの談話室」「さかなくんのパカパカ日記」同時掲載です。




去る、3/11に発生した『東日本大震災』に関して、今盛んに流れているテレビCMやテレビのキャンペーンに関して、なにかきな臭い感じがするのです。


それは、どうも、ながれているCMで伝えられる言葉の一つ一つに、


「ひとつになろう」


といった見えない言葉の『脅し』があることにあまり気が付いていないのです。実際、某テレビ局が「ひとつになろう日本」と銘打った『震災被災者応援キャンペーン』なるものを展開しています。


これのような風潮に関して、コラムニストの小田嶋隆さんが、こう警鐘を鳴らしています。

小田嶋隆のア・ピース・オブ・警句より、『「ひとつになろう」より「てんでんこ」がいい(日経ビジネスオンライン)』(全文はhttp://business.nikkeibp.co.jp/article/life/20110331/219253/ で)

この中で小田嶋さんは、こう述べています。


「(前略)ただ、一連の震災関連のメッセージが、国民の「団結」と「連帯」を無条件の前提としているように見える点については、一言疑義を呈しておきたい。 たとえば先週から、フジテレビが「ひとつになろう日本」というキャンペーンを開始している。 私は、このシンプルな告知CMを見る度に、軽い違和感を感じる。 ひとつになることが悪いことだと思っているからではない。ただ、「非常時」にあって、反射的に「団結」「連帯」「ひとつに」という言葉が出てくることに、薄気味の悪さに似た気持を抱くのだ。(後略)」


これに対して、小田嶋さんは東北地方沿岸部に言い伝えられる言葉の「津軽てんでんこ」を取り上げており、こう解説しています。

「『――前略――死者・行方不明者が1200人以上に上った釜石市では、全小中学生約2900人のうち、地震があった3月11日に早退や病欠をした5人の死亡が確認された。しかし、それ以外の児童・生徒については、ほぼ全員の無事が確認された。市は2005年から専門家を招いて子供たちへの防災教育に力を入れており、その一つが「てんでんこ」だった。度々津波に襲われた苦い歴史から生まれた言葉で、「津波の時は親子であっても構うな。一人ひとりがてんでばらばらになっても早く高台へ行け」という意味を持つ。――後略――』(3月28日読売新聞)

 三陸の人びとは、「老幼の者を助けようとして一家共倒れに」なったり「家族をさがしているうちに逃げ遅れ」たり、「点呼を取っている間に津波に呑まれ」たりしてきた苦い経験から、緊急時にあっては、とにかく「個人の判断と責任において、一刻も早く逃げる」という方針を徹底してきたというのだ。」


そして、今回の震災を教訓に、日本全国に


『てんでんこ』


という考えをもっと日本でも普及するべきだと考えています。


※「津軽てんでんこ」・・・・この意味はもし、大地震が起きたときは津波がくる可能性があるから親子であっても命を大切にするためにてんでんばらばらになってでも(てんでんこ)すばやく高い丘に逃げなさいという教訓から
来た言葉のようです。なんとなく意味わかりますね。

出典はココからです。http://r10.to/hB2rlF


最後に小田嶋さんは先日行われた日本代表とVSJリーグ選抜のチャリティーマッチでゴールを決めた三浦和良選手の「天に突き立てた1本の指」について、こう述べています。


「カズダンスの最後の決めポーズは、「天上を指差す一本の指」に決まっている。
 その意味するところを問えば、たぶんカズはこう答える。

「ひとつになんかなるな。一人であれ」

 うん。違ってたらごめん。」


今の時代、とかく他人に流されがちな人間。私たちも、この日の三浦選手のメッセージをしっかり受け止めて行動したいものです。


特に今日から新しい生活を始めた皆さん。世の中「てんでんこ」で生きましょうよ!












気になるコトバ | 18:00:00 | トラックバック(0) | コメント(1)
『不謹慎』極まりない人達。

今日は『エイプリルフール』です。いつもの年ならば、「いかにもエイプリルールらしい」記事が新聞やテレビやネットを賑わすのですが、今年に限っては、そうもいって入られない状況なのです。



去る3月11日に発生した『東北・関東大震災(東北地方太平洋沖地震)』の一連のマスゴミの報道を見ますと、震災発生後からのあらゆる発言の中で、あまりにも当事者(被災者も含めて)の神経を逆なでしかねない言動があります。


それらの言葉は、正しく『不謹慎』と言うに相応しい言葉です。


※『不謹慎』・・・・つつしみがないこと。不真面目なこと。


震災後、『地震は天罰』とあからさまに公言し、被災者や歩半自治体の神経を逆なでした。都知事(今度の知事選にも立候補しているのですが、これをもし選んだら、ホントに都民も『不謹慎』としか考えられません。)、「地震『天の恵み』。こちらに来なくて良かった。」と発言して、自らの政治生命を絶たれた某府議会議長、今回の震災アメリカ経済への影響のついて、『ありがたいとしか言いようがないわけですね。』といって、全米中の顰蹙を買った某州知事などなど・・・・。


また、言動でなくても、震災直後、まだ被災者が『東京電力原発事故』の危機に晒された中に勝手に現地に訪問して、現地の関係者の初期動作を遅らせ、結果として『史上最悪の原発事故』にしてしまった某首相、震災と原発事故による『計画停電』に非協力的で、「被災者のため」という名の下に『開幕強行』をしようとした、某プロ野球組織幹部、そして、『計画停電』でも、「日本共産党、並びに共産党支持団体」や「政府に批判的な市民団体・NPO」のある地域を政治的に「強制的に停電」させ、本来ならば停電されるべき地域は全く停電させてない東京電力!、さらに、今回の震災のドサクサに乗じて、アメリカ軍への「思いやり予算」を市民が知らないうちに可決した国会、また、震災復興の財源を「子ども手当」の削減や、「市民への増税」で賄おうとした財務省・・・・。

※お断りしておきますが、私は別に共産党を支持しているのではありませんし、共産党支持団体等に入っているのではありません。しかし、今回の『計画停電』という謀略が行われた地域を見ますと、誰の目から見てもそういった地域に偏っているのです。

ざっと挙げれば、『不謹慎』極まりない人は五瞞といます。


更に惜しくも今統一地方選挙が行われていますが、さすがに被災地での選挙は延期となりましたが、他の地域は予定通り行われるそうです。しかし、その選挙で訴えることも「震災」絡みばかり。何か取って付けたようで、「震災に名を借りた売名行為」といわれても仕方のない『不謹慎』極まりない候補者たち。


こんな人たちに苛まれる私たちは、一体どうしたらいいのでしょうか?



このブログはお子様も読者登録していますので、ちょっとひとこと。


「いいですか!こんなふきんしんなおとなになってはいけませんよ!」








気になるコトバ | 07:00:00 | トラックバック(0) | コメント(0)
『マスゴミ』と言われたくなければ…。

毎日私もツイッターの呟きを眺めていますが、その呟きの中で最近気になっている言葉があるのです。


それは『マスゴミ』と言うコトバです。


私は、最初の頃はこの言葉にかなりの嫌悪感を持っていました。私はこれまでブログ上でも「マスコミ連中」と評してはいましたが、それは「マスコミ」の力を信じていたからです。


ところが、最近になって、そうした私の信念さえも揺るがしかねない事態になってきており、特に昨年の秋以降はそういった傾向が顕著になり、ついに私も『マスコミ不信』になりました。

今年からの私のブログをご覧になった方は、その中に『マスゴミ』という言葉が頻繁に出てきていることにお気づきでしょうか?


例を挙げますと、一昨年の戦後初の本格的な政権交代によって誕生した民主党政権ですが、今やその面影すらなく、正しく戦前の『ファシズム政治』さながらの様相になってきているのです。


こうなった原因はマスゴミに言わせれば「小沢一郎元代表の政治資金団体による不正資金疑惑」が原因で党内が混乱し、その責任は小沢元代表にある!と言わんばかり。

これは、政権交代直後から始まり、いまもってこういった姿勢での報道がずっと続いています。


しかし、ネット上では、全く違うようなのです。


それは、「政治資金収支報告書」に記載された土地売買の日付が当年度ではなく、『ある理由』によって、年度になっていただけで、本来なら「記載遅れ」とするべきで、「記載漏れ」ではないのです。


更に、東京第五検察審査会が、本来審議員全員が出席して審議しなければならないはずの2度目の「不起訴不当」を審議する会合が、殆ど全員出席した形跡がなく、それに「十分時間をかけるべき」この審議を僅か数日で『不起訴不当』と議決してしまったこと。これによって、小沢元代表は検察審査会の『陰謀』の犠牲となり、改正された検察審査会法と刑事訴訟法により、『強制起訴』という前代未聞の事態となりました。


これらを巡るマスゴミの報道は、殆ど『小沢が悪い!』だとか、『小沢に天罰を!』或いは、『小沢憎し!』と言ったもののオンパレード!これだと、テレビや新聞でしか情報を知らない人は、「小沢一郎って、こんなに悪いんだ。こんな人は議員を辞めてもらいたい!」といったように『洗脳』されていくのです。


しかし、ネットを見ている人たちは、「この問題は小沢さんが悪いのではなく、小沢さんを『失脚』させるために検察・警察・マスゴミが共謀して仕組んだ『冤罪』なのではないか!?」といった疑念が湧き上がっています。


私も、ネット上の意見を拝見していくにつれて、「本当に小沢さんは悪いのか?」といったことを考えていくようになりました。最近では、「小沢さんは『無実』であり、この事件は『冤罪』である!」といった考えを持つようになりました。


勿論、今の民主党内の『内ゲバ』の首謀者も、菅直人・仙谷由人・玄葉光一郎・安住淳・渡部恒三・石井一・直嶋正行・鉢呂吉雄 ・岡崎トミ子・ 石毛瑛子・ 藤村修・ 滝実・ 長浜博行・ 横光克彦・ 馬淵澄夫・ 山根隆治・ 渡辺周・ 川口博・ 武正公一・ 田中慶秋・ 長島昭久・ 古本伸一郎・ 土肥隆一ら『反小沢連合赤軍』によって引き起こされた『あさま山荘事件』さながらの状況なのです。

(特に長浜は私の地元から選出されているだけに「本当に裏切られた!」思いで一杯です。)


それらに対抗して、先週の木曜日に衆議院の比例代表で当選した若手の議員の間で、「民主党政権交代に責任を持つ会」が結成され、「約束を果たす民主党への回帰宣言」を発表しましたが、(これの全文は次の通りです。 http://bit.ly/gOCwXY )この『十六人の勇士達』に対しても、マスゴミは「小沢元代表に近い人たち」だとか、「親小沢派議員」だとか、「今のままだと次の選挙が危ないからそれを嫌ったパフォーマンス」といった、まるで、『上から目線』で見ているような報道振り。


今日の小沢さんに対する『無期限党員資格停止(つまり、事実上の「除名処分」)』の議決に対する報道姿勢も、『自分たちが正義だ!小沢郎、どうだ!参ったか!』といった雰囲気の、まさに『ファシスト政治』を喜ぶ報道振り。


こんな報道姿勢をし続ける『マスゴミ』を本当に許していいのでしょうか?


このような報道姿勢を続けている限り、日本は戦前の『大本営発表』のような「嘘つきで、ハッタリで、ペテン師」のような状態に陥るばかりです。


報道に携わる全ての人は、日本の『ホントの事実』をきちんと報道しているのでしょうか?私も疑うばかりです。まだネットのほうが安心していられます。それにそこには、マスゴミにない『ホントの事実』がありのまま書いてあるのですから・・・・。


 



気になるコトバ | 21:30:00 | トラックバック(0) | コメント(0)
選挙後は「ノーサイド。」

先日投票が行われた鹿児島県阿久根市の市長選挙で当選した西平良将さんが、選挙後の報道陣とのインタビューで、こう話しています。



『選挙が終わったところで「ノーサイド」。市民一丸となってやっていくということが大事です。』



今回の選挙は『独裁政治』を貫いていた竹原信一容疑者によって阿久根市は「対立」と「怨念」が渦巻く「荒廃した街」となってしまったのです。
それを立て直すのは並大抵なものではありません。西平さんはあえてこの難局に立ち向かうために「ノーサイド」という言葉を使ったのだと思われます。


因みに「ノーサイド」という言葉のに意味はこうです。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8E%E3%83%BC%E3%82%B5%E3%82%A4%E3%83%89

『ラグビーの試合終了のこと。試合が終了すれば敵味方なしという意味があり、ラグビーの基本理念を表す言葉。(後略) 』


つまり、この選挙に当てはめてみれば、竹原容疑者を支持した人も、西平さんを支持した人も、選挙が終われば「敵見方もない同じ阿久根市民」だと思います。選挙の結果を謙虚に受け止め、阿久根市の抱える問題を市民全体で考え行動しよう、といった西平市長の一種の『決意表明』だと思うのです。

そうなると、これからの阿久根市は「市民身から考え、知恵を出し合い、行動する」街にならなければならないのです。


もちろん、それらの行動の主役は『市民』なのです。



コレって、今の国の政治に当て嵌めても同じことが出来ませんでしょうか!?


なお、このインタビューの詳しい内容は、ココです。

「選挙後は「ノーサイド」、西平新市長一問一答~阿久根市長選を終えて」

http://www.data-max.co.jp/2011/01/post_13293.html



※この企画は、その週のニュースや私自身の生活の中で『気になった言葉』を考察してみようとするもので、不定期でお話しする予定です。




気になるコトバ | 21:17:54 | トラックバック(0) | コメント(0)